恐怖の手鼻
この物語は、都合によりフィクションです。
登場する人物・地名・団体名は、実際のものとは多少しか関係がありません。
また、食事の前後に読むことはお勧めできません。
覚悟が出来てからお読みください。


手鼻の恐怖

手鼻...
それは、何も道具を使わずに鼻がかめる一種のテクニックである。
この技を使った後の快感はどんなものにも言いかえられない。
ただし、成功すればの話だが...

夜の道を歩く男、太田和正がいた。

「もう12時か...」

最近仕事で帰りが遅い太田は、つぶやきながら帰り道を急ぐ。
この所暑い日が続き体の調子がわるく、鼻水が止まらない。
手をポケットに入れると、ビニールの固まりが取出される。
「くそ、ティッシュもありゃしない。」
鼻を噬みたくてうずうずしている太田に、最近見たテレビ画像が蘇った。

−−−江戸っ子母ちゃん、手鼻を噬む(手鼻名人芸)−−−

このようなタイトルで始まり、粋なおばちゃんが映し出され、次々に華麗な手鼻芸
を見せ付ける。
「誰もいないし、大丈夫だろう。」
そう思った太田は、カバンを左手に持ち替え右手を鼻に当てて、準備を行った。
「フン!!」
気合とともに吐き出される異物。
その異物は、太田が思っていた方向とはかけ離れた場所に飛んでいった。
太田は癖で、道を歩くときは必ず壁のある方に偏って歩くため、今日この場所でも
やはり壁沿いを歩いていた。
しかし、この癖が仇となった。
吐き出された異物は、ちょうど通りかかったラーメン屋の壁へと向かう。
ラーメン屋の壁はガラス張りになっており、そこに中華マークがシールで張られて
いる。ラーメンを食っている客がガラス越しのテーブルでラーメンを食っていた。
「ぺチャ...」
異物は、異音とともにガラスの壁にへばりつく。
へばりついたと同時に、引力によりガラスを沿って、アメーバーのように下へゆっ
くりと流れていく。
この音に気づいたラーメンを食っていた客は、ガラス越しにこちらを情けない顔で
見ていた。いや、客はガラスにへばりついた異物の流れを目で追っており、太田に
は、目の焦点が合っていない。
客は、ちょうどラーメンの麺を口へ運んだところで、この後、麺をすすり込む動作
を行う予定だったに違いない。
しかし、口に含んでいる麺は、何か重い物を釣り上げたが、耐え切れなくなりちぎ
れていくロープのように、ブチブチと音を立ててちぎれていく。
その表情は、情けない顔から一転して怒りの表情へと移り変わっていく。

<まずい...>
客の目線は、既にガラスの異物には焦点が合っていない。
真っ直ぐこちらに向かって注がれている。
かなり痛い視線である。
<謝るか?いや、あの顔は謝って済む顔じゃない。殴られるのはいい。しかしラーメ
ン代を請求されたらどうする?金持ってないぞ、俺は...>
後ろポケットに手を伸ばし、財布を開けるとそこには札は一枚も入っていない。
小銭のチャックを開けても、銀色のコインは見当たらない。
太田の家は小遣い制のため、めったに大金を持ち歩かない。
完全に妻に制圧されている証拠である。
ラーメン屋のメニューを確認する。
一番安いラーメンで...600円。
考えはまとまった。
<客はまだ店内にいる。俺は弁償する金は持っていない。殴られて済むとも限らない。
逃げろ!!>
その瞬間太田は走り出した。
客は太田の行動に一瞬ひるんだが、すかさず立ち上がり店の外へ飛び出そうとした。
しかし、店の店長がそれを拒んだ。客をガッチリと押さえつけ、勘定を先にするよう
に催促する。客は理由を説明しようとしているが、店長は聞く耳を持たずギッチリと
組んだ腕を放さない。
不憫な客だった。

そのすきをついて太田は逃げ切った。
「ふう、びっくりした。」
太田のイメージでは、きれいに手鼻をかめていたが、思わぬ方向に飛んでいった鼻水
にはかなり驚かされていた。
しかし、一度やった手鼻の間食は忘れられない。
やり終えた後のあの爽快感。やったものでなければ味わうことは出来ない。
しばらくすると、またしても鼻水が鼻に蓄積されてきた。
既に太田は電車に乗っているため、ここで手鼻をかむわけにはいかない。
頑張って鼻をすすり、到着駅まで我慢した。
到着駅に着くと、家までの帰路に暗く、人気が無い場所があるのでそこまで我慢しよ
うと考えていた。
駅というところは便利な場所で、近くには必ずコンビニエンスストアがあり、大抵の
ものはそこで手に入る。
太田はコンビニでティッシュを買おうとも考えたが、手鼻のあの感覚を再度味わうた
めにその考えを却下した。
しかし、この考えはただの言い訳で、本当はティッシュを買う金さいもなかったから
だ。
暗い夜道までは、まだ5分程歩かなければならない。
その間にかなりの鼻水が蓄積されている。
手鼻の成功率は、鼻水の量と質に関係する。
量が多ければかなりの率で成功し、質は乾燥しきらず水っぽくもなく、その中間位が
かなり良い質となる。
この時太田の鼻水は、質・量とも完璧なものとなっていた。
このまま発射すれば、きれいに成功するこの間違いない。
太田は、その瞬間を想像しながら道を急いだ。

とうとうその時がやってきた。
鬱蒼と茂る雑草の中、月の明かりに微かに照らされた太田がそこにたっていた。
太田は、ゆっくりと左手を鼻に当て、自分が吸い込める限界の空気を肺にため込んだ。
そして一度呼吸を止めると、一気に右鼻から肺に取り込んだ空気を吐き出す。

「ふん!!」

一気に吐き出された鼻水は、月の明かりに照らされながら雑草生い茂る地面へと、飛ん
だ。
ここまでは、あの手鼻名人と何一つ変わることなかった。
しかし、次の瞬間飛んだ鼻水は途中から二手に分かれ、片方は林の中へ、そしてもう片
方は太田の足元めがけて飛んでいった。
とっさに足を引いたが間に合わず、そのままズボンにへばりつく。
「うわっ!!きたね〜」
最悪の結果となった。
溜まっていた鼻水をすべて吐き出した気分良さと、ズボンにへばりついた不快感が太田
の体を駆け巡る。
次の瞬間、脳裏に現れた人物は...そう誰でもない太田家総帥兼大蔵大臣兼太田和正
妻の節子だった。
こんなことをして、ただで済むわけが無い。

「ああ〜、どうしよう〜。」

帰ったあと、どのようなことが起こるか大抵の予想がつく。
<きっとただではすまない...>

そう考えると、何も考えられなくなった。
自宅についた太田は、エレベータを使わずにマンションの階段を上って行く。
その階段は、地獄へと続いている。
ドアに鍵を差し込み、いつもより重く感じる玄関ドアを空けた。
節子は、廊下を勢い良く走って玄関前で急停車した。

「おっかえりなさい〜!!」

やたらと機嫌が良いらしい。
太田は思わずほっとしたが、嫌なことは後に回すことだけは避けたかった...

「節子、実は...」
「あんた!!今日は実家に帰って、いろいろ食い物もらってきたから、夕食は豪華よ。」

節子はそういって、太田の話しを聞こうとしない。

「いや、実はな...」
「まあ、いいから着替えてらっしゃい!!」

太田は節子に背中を押されて部屋へ押し込まれた。
<お、おい、そんなにおしたら、足についたものが部屋のどこかにくっついちまう>
そう思った太田の歩きは、カンフー達人なみの後すり足になっていた。
節子はそんなことも気にせずに、太田を奥の部屋に送りこみ、自分はさっさと夕食のしたく
を始めた。

太田はスーツを脱いで、何かがついたズボンを脱いで、何かがついたほうを上にしてそっと
床に置いた。
その瞬間、節子は夕食の準備が出来たことを伝えに部屋に入ってきた。
床に置かれたズボンを見て、少し不機嫌になる。

「あんたは、いつも脱ぎっぱなしにするんだから。ちゃんと片付けなさいよ。」
そういって、節子はズボンを床から取り上げた。

「そ、それは、俺が片付けるから...」
と、太田は慌てて節子がズボンを取り上げることを辞めさせようとしたが、遅かった...

<べちゃ...>
節子の手に、何かがまとわりついた。

「あんた、何、これ?」
「いや、実は、その、なんだ、これは...」

しどろもどろになりながら、太田は帰り道での出来事を身振り手振りからだ全体を使って
表現しながら話した。

「と、言うわけで、それがズボンについちゃって...ハハ..」

ズボンを取り上げた節子の手が、次第に固まってきた。
何か熱いものが節子の体からほとばしる。
下を向いた節子の顔が、ゆっくり正面を向くため起き上がる。
その顔は...鬼だった!!

「あんたは、いつも汚いことばかりして...子供が出来たら、あんたの真似するんだから、
もっとちゃんとしなさいよ!!」

そういって、節子の右手が太田の顔に飛んできた。
太田は間一髪で、スウェイでよけた。が、節子に右手には、ズボンから付着した太田の排
泄物がついていた。
排泄物は、遠心力により、節子の右手から離れて、大他の鼻の下あたりに付着してしまっ
た。
太田は、スウェイ後、大きく鼻で息を吸ったため、排泄物は、再び太田の体に戻った。

「きったね〜!!」

太田と節子は、同時にそう叫ぶと、とても嫌な気持ちになった。
その後の2人の心情は、とても文章で表現できない...


※汚い話題に最後までお付き合いありがとうございました。